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日本で唯一残った避難所
埼玉県旧騎西高校で暮らす139人の「今」
――東北三県被災地復興支援研究会代表 富山泰庸
【第1回】 2013年3月4日 (1)~(7)
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▼全文転載
(1)
東日本大震災からまもなく2年が経つにもかかわらず、まだ避難所が残っていることをご存じだろうか。埼玉県加須(かぞ)市の旧騎西高校に開設され た避難所である。この避難所には、原発事故で福島県双葉町から避難しきた被災者約140名が、今なお暮らしている。日本で唯一残った避難所だ。仮設「住 宅」ではない。
なぜ今も避難所として残っているのか。その経緯と避難所生活の実態を伝えたい。
震災直後から復旧・復興支援に従事し、東京と東北を実に205回も往復してきたが、未だに復興の実感はない。復旧は多少進んでいるところもある が、政治と行政の混乱、そして原発、風評被害、人材不足、責任転嫁、縦割り行政、足の引っ張り合いなど、様々な要因が複雑にからみ、復興の「ふ」の字も未 だ見えてこないのが現状だ。それでもせっかく助かった命を何とか健康に保ち、そして被災地に笑顔を取り戻すために、みんなで力を合わせなければならない。
原発事故発生!避難開始から
避難所継続までの経緯
そんな思いで東奔西走している中、昨年末、ボランティア仲間から一本の電話が入った。「埼玉県加須市に旧騎西高校避難所というのがあるんですが、未だに避難所なんです!」
(2)
電話が入った2012年12月、震災後1年10ヵ月も仮設住宅ではなく避難所で生活されている人が、150名以上いること自体信じられなかった。 避難所があると耳に入ってはいたが、埼玉にあるという単純な理由から、あまり問題ないだろうと高をくくっていたが。しかし電話をかけてきたボランティア仲 間によると、「段ボールで低く仕切られたままの避難所で、発災後すぐに岩手、宮城、福島に設けられた避難所と全く同じ状態」だという。150名以上の避難 者が、教室や体育館で生活していると考えると、「さぞ大変だっだろう」と想像するだけで心が締めつけられる思いがした。
すぐさま、埼玉県加須市にある旧騎西高校避難所をボランティアとして訪問し、その後、国会議員をお連れし、副町長とも面会した。ボランティアとし て住民の方々の様子や、ご意見などを聞くだけでなく、副町長とお会いすることで町役場からの観点もしっかり聞き、経緯と現状が明らかになった。
避難所のある旧騎西高校の校舎、この1~3階までの教室に約140人が暮らしている約7000名いる双葉町の町民は全町民が避難対象となり、川俣町に避難したが、立て続けに起こる3号機4号機の原子炉建屋の爆発により、3月19 日に川俣町からさらにさいたまスーパーアリーナへ、約1400名が避難した。他の町民は福島市、郡山市、会津市、いわき市、千葉県、埼玉県などにバラバラ に避難し、3ヵ月後の6月になって、ようやく町民ほぼ全員の所在が判明するほど混乱を来していた。現在、双葉町町民は福島県内に残った方が3680人、福 島県外にいる方は3296人となっている。
さいたまスーパーアリーナは一時的な避難所であったため、3月31日には埼玉県加須市旧騎西高校に1400名が移住することになった。
(3)
当初、①町民全体で町に帰りたい、そして②少しでも放射能の影響の少ない地域に避難したい、という町民からの希望と町の方針が合致したが、この矛 盾する目標が達成できないことから、旧騎西高校の避難所の存続は長期化してきた。また、福島に戻ろうを掲げる住民と、放射能に怯え福島には戻らないとする 住民の意見を反映して、議員と町長が対立。福島から出来る限り遠く離れ県外移転を唱える町長は、議会との対立によりリコールされ、辞任に追い込まれること になった。こうした政治の混乱の影響も大きい。
避難所として使われている廃校の教室内。震災直後と変わらない「避難所」の風景が震災後2年経つ今も存在している避難生活は廃校の教室に畳を入れた部屋に何家族もの世帯が同居し、布団を敷いて寝るスペースの確保すらままならない状態であったため、就学児童は 学業に影響が出たり、住民同士のトラブルが発生した。介護の問題も深刻になり、避難所から行政負担で借り上げ住宅へ移る方が多く出た。町役場機能がある埼 玉県加須市を中心に、借り上げ住宅居住者は1000人を超える。
それでも避難所に残っている方々がいるのは、身寄りがない、要介護である、町役場の情報に触れていたい、自活できないなどの理由が大宗を占める。
(4)
食事に関しては事実上、選択肢が存在しない。気休めのため避難所から月に1回外出し飲食するとして、全員が月に1回外出するだけでも、近隣の人た ちに「避難者は毎日賠償金で飲み歩いている」という印象を与えてしまいかねない。そのような噂が避難者の心を傷つけ、外出しなくなってしまう人も多い。実 際には賠償金は未だ支払われていないにもかかわらずだ。双葉町は高線量のため、財物賠償を査定するための調査活動が行われておらず、また、その調査活動が いつ行われるのか目処すら立っていないのが現状だ。
避難所内での食事の選択肢は、たまにボランティアが開催する調理レクリエーション以外、一日1100円で幕の内3食が配付されるお弁当しかない。 そのお弁当は後期高齢者用に細かくきざんだものでもなく、要介護・要支援者用の食事でもないため、避難者の多くにとって食べづらい。また、経済面でも厳し く、晩ご飯だけお弁当を買い、半分残して朝ご飯にするという方もいて、衛生面でも不安がある。実際、月額5~6万万円程度の基礎年金だけしかもらっていな ければ、月額3万3000~3万4000円前後の食費の負担は軽くない。
避難者は、痰の吸引が毎日必要という要介護認定を受けている方から要支援の方まで様々だが、認定を受けていなくても健康状態が悪い方もいる。足腰が不自由な方、透析をしている方、認知症を患ってしまった方などの状況は、数字だけでは読み取れない。
避難所に残っている方々のほとんどは、後期高齢者であり、要介護者、要支援者、身体障害者が約四分の一を占め、その介護をする残りの方々もまた高齢者である。
避難者にとって
あまりに限られた選択肢
なぜ避難所が解散せず存続しているのだろうか?住民側からの視点で考えると、あまりにも選択肢が限られているので避難所で暮らしているというのが本音だ。
避難所を出て、行政負担で加須市や近隣の借り上げ住宅に住んでいる方々は1000人を超えるが、自活できない生活弱者ほど避難所に残っている。し かも昨年末からは行政負担で借り上げ住宅に住めなくなり、借り上げ住宅に移住するには自己負担となってしまった。無料で移り住める場所は福島県内にある仮 設住宅だけというのが現実である。
(5)
食事に関しては事実上、選択肢が存在しない。気休めのため避難所から月に1回外出し飲食するとして、全員が月に1回外出するだけでも、近隣の人た ちに「避難者は毎日賠償金で飲み歩いている」という印象を与えてしまいかねない。そのような噂が避難者の心を傷つけ、外出しなくなってしまう人も多い。実 際には賠償金は未だ支払われていないにもかかわらずだ。双葉町は高線量のため、財物賠償を査定するための調査活動が行われておらず、また、その調査活動が いつ行われるのか目処すら立っていないのが現状だ。
避難所内での食事の選択肢は、たまにボランティアが開催する調理レクリエーション以外、一日1100円で幕の内3食が配付されるお弁当しかない。 そのお弁当は後期高齢者用に細かくきざんだものでもなく、要介護・要支援者用の食事でもないため、避難者の多くにとって食べづらい。また、経済面でも厳し く、晩ご飯だけお弁当を買い、半分残して朝ご飯にするという方もいて、衛生面でも不安がある。実際、月額5~6万万円程度の基礎年金だけしかもらっていな ければ、月額3万3000~3万4000円前後の食費の負担は軽くない。
避難者は、痰の吸引が毎日必要という要介護認定を受けている方から要支援の方まで様々だが、認定を受けていなくても健康状態が悪い方もいる。足腰が不自由な方、透析をしている方、認知症を患ってしまった方などの状況は、数字だけでは読み取れない。
避難所に残っている方々のほとんどは、後期高齢者であり、要介護者、要支援者、身体障害者が約四分の一を占め、その介護をする残りの方々もまた高齢者である。
避難者にとって
あまりに限られた選択肢
なぜ避難所が解散せず存続しているのだろうか?住民側からの視点で考えると、あまりにも選択肢が限られているので避難所で暮らしているというのが本音だ。
避難所を出て、行政負担で加須市や近隣の借り上げ住宅に住んでいる方々は1000人を超えるが、自活できない生活弱者ほど避難所に残っている。し かも昨年末からは行政負担で借り上げ住宅に住めなくなり、借り上げ住宅に移住するには自己負担となってしまった。無料で移り住める場所は福島県内にある仮 設住宅だけというのが現実である。
(6)
加須市近隣の借り上げ住宅に住んでいる方々と避難所の方々のコミュニティは、非常に緊密なものになっている。避難先では当然一体感が生まれる。し かしながら、もし避難所の方々が福島の仮設住宅に集団移転し、そこへ借り上げ住宅の方々も一緒に移ろうとすれば、借り上げ住宅の方々は実費で福島まで移住 しなければならない。一度借り上げ住宅で居住し、行政支援を受けたという理由で、無料の仮設住宅には入居できないという仕組みになっているからだ。
つまり、避難所の方々が外に出るための選択肢は福島県内の仮設住宅のみということになるが、借り上げ住宅の方々が一緒に動けないので、仮設を選べ ばコミュニティはなく、自活できない。結果として、コミュニティを最優先する双葉町の住民にとっては、今の「避難所に住む」という選択肢しかないのだ。
最低でも高校の校庭に
仮設住宅を建設する
2月7日には井戸川克隆前町長の辞任式があった。町長は議会でリコールされ、辞任に追い込まれたが、町長と議会の基本的な対立点は、福島にいるか福島から避難するかの問題、汚染物質の中間貯蔵施設の建設の是非、賠償問題の早期決着などが挙げられる。このように政治空白や様々な思惑があるために、避難所の問題は先延ばしされている。本来、避難所は住民の健康と暮らしを考えれば即解散すべきなの だが、驚くべき事に町は避難所の延長を国に申し入れている。収容所といっても過言ではないような環境に、避難者を住まわせ続けることを申し入れているの だ。賠償金の交渉カードのひとつとして避難所を存続させようとしているのかとさえ、勘ぐってしまいたくなる。本当の狙いはよくわからないが、避難所存続要 望を出しているのは事実である。
解決策は手前味噌ながら、簡単に考えられる。現状の一番の課題は健康状態をこれ以上悪化させないことだ。避難所生活を続けていると、その環境上、必ず健康状態が悪化する。従って避難所は即解散するべきである。
(7)
その際の問題は、コミュニティを失う点にある。コミュニティが保たれなければ双葉町の再建もないだろう。コミュニティを大事にするためには、加須 市旧騎西高校近隣に、コミュニティ維持を意識した介護機能付きの集合住宅を建設することが望ましい。すぐにできない場合でも、旧騎西高校の運動場に介護機 能付きの仮設住宅建設をすることは可能なはずだ。要介護・要支援の方々がいることから、医療介護体制の充実は必要不可欠である。
町は加須市からいわき市に町役場の機能移転を発表している(これもいつになるかわからないが)。その場合、住民の不安は「町の情報が来ない」ということになるため、町役場の情報伝達機能は、加須市の集合住宅あるいは仮設住宅に残さなければならない。
私たちどこで
死ねばいいのですか?
私が今走り回っている岩手県陸前高田市では、懇意にしている仮設住宅暮らしの方が失われたコミュニティ再生のために畑を作り、その畑を仮設住宅の
住民に無料開放し、共同作業の効果か笑顔とコミュニティを取り戻している。その活動に県立高田病院の高橋祥先生が着目し、陸前高田の10以上の仮設住宅で
畑を作り、そして医学的見地からデータを集め、心の状況と身体の状況の両側面で、健康改善が見られていると学会でも発表した。このように、工夫次第で避難
者の体と心の健康を改善する術はあるのだ。だからこそ、避難所を解散して、仮設か集合住宅を加須に作り、医療介護体制を整備し、そして町役場の情報発信と収集機能を保持して、コミュニティを維持する。こうした解決策は国や県でできるはずだ。しかし、誰も動いていない。
避難所がなぜあるのか?
今もなお避難所生活されている方の言葉がまだ頭をよぎる。
「部屋まわってみたら誰か死んでないかな?って確認しなければならないところなんです」「私たちどこで死ねばいいのですか?」
(著者)
とみやま・よしのぶ
1971年生まれ41歳。1993年ボストン大学卒業、同年オックスフォード大学大学院入学、ペンシルバニア大学大学院に編入し、同大学院政治学部修士課 程修了。貿易コンサルティング会社を経営する傍ら吉本興業所属お笑いタレントとして活動。並行して2010年3月ロッツ災害支援団体設立。物資運搬、お笑 い慰問企画運営、炊き出しイベントなど様々な支援活動を展開。復興事業として調剤薬局を被災地に開局し、復興特区第一号として訪問リハビリ単独事業化を実 行。被災地の雇用促進を図る。
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